「小中一貫校(義務教育学校)にすると教員確保が容易になる」という主張は、本当に正しいのでしょうか?
教員確保が「容易になる」と主張する理由
学校の統廃合で、全体的な配置効率が上がる
- 小規模校同士の統合で、分散していた教員を、少数の学校に集中させられる
- 校長・教頭・養護教諭・事務職員などの重複配置を削減
校種が一本化されることで人事が柔軟になる
- 義務教育学校では、小・中の教員が同じ学校に所属しやすくなる
- 小学校教員が中学校の一部教科を担当、中学校教員が小学校高学年を教えることも可能になる
現場であがっている多数の「壁」
教員免許の壁
- 義務教育学校の教員は、小学校と中学校両方の免許が必要になる
- どちらの免許も有している人材は少なく、免許の縛りがボトルネックに
- 文科省の特例措置(「教員免許特例制度」)が必要だが、都道府県によって対応に差がある
業務の多様化と負担増
- 小中一貫校では、指導内容・方法・生徒支援が大きく異なる小学生と中学生両方に対応するため、教員の心理的・業務的負担が増加
- 義務教育学校化によって教員の「オールラウンダー化」が進み、専門性が薄まり、疲弊が深刻化しているとの指摘あり
- 中学校教員が「教科専任から担任業務」へ、小学校教員が「部活の顧問」などを兼ねることへの負担増により、教師の離職や敬遠が加速
人材不足の根本解決にはならない
- 小中一貫化しても、「教員が足りない」という根本的な問題(なり手不足・待遇問題・離職率)は変わらない
- 結果として、少数の教員に負担が集中しやすくなる可能性もある
義務教育学校で働いていた先生からの生の声
「学校は子どもと地域のたからもの」の著者の一人、小学校教諭、柏原ゆう子先生のパートより一部抜粋してご紹介します。
小学校と中学校では、授業のやり方や求められる専門性が全く異なる
「中学校の先生に教科の専門性を持って教えてもらえば学力が上がる」「教科担任制にすれば先生方の負担が減る」という宣伝もよく聞きます。本当でしょうか?
小学校の授業は相手が幼いので、まずは掴みが大事です。ここで興味を引きつけて学ぶ動機付けをしなくてはなりません。集中力も短いので、説明する内容や提示する資料も厳選します。またどんな活動をさせて楽しく理解させるか工夫します。目の前の子供に合わせながら、臨機応変に授業を創る、ここに小学校教員の専門性があるのです。
一方、中学校では次の試験までにここまで進めなくてはならない、と進路重視の授業になりならざるを得ません。近年ことに授業内容が増えており、時間が足りないのでどうしても説明と板書が中心になってきます。
中学校の先生たちは、複数の教科を教える「教科またぎ」、複数の学年の授業を持つ「学年またぎ」、毎日の宿題とその点検、副担任のいない学級経営はありえない、と同情してくれました。
小学生に教科担任制を導入したら、子どもが落ち着かなくなった
小学5〜6年生に教科担任制を導入したことがあります。しかし1ヶ月で子供たちが落ち着かなくなり、元気がなくなりました。担任の先生たちがずっと教室にいてくれるのではなく、他のクラスの授業に行ってしまうのが不安なのです。
担任の方も、他クラスで授業することで自分のクラスの悪いところが目につき、小言ばかり言ってしまい、子供と関係が築けないと悩んでいました。
小学校では、子供に寄り添う「学級担任制」が合理的
教科担任制に変わってから、国語担当は、教科書の内容を進めるだけでなく、漢字の宿題の添削や小テストをする時間がないといい、算数担当は、計算の習熟や理解度を担任がつぶさに知らなくていいのかと問い、理科担当は、実験とその準備の時間の融通が利かない、社会担当は社会見学について相談できる先生がいないと嘆きました。
行事前の特別時間割にも対応できず、いじめや学校渋りにも十分対応できない、こんなに忙しいのに学力もつかない、問題ばかり起こる状況に疲弊していきました。やはり、小学校は「教科担任制」よりも子供に寄り添う「学級担任制」が合理的なのです。
小中の先生の人数を少なくして安く上げる、教員不足に対応する、という発想での小中一貫校化、義務教育学校化には、声を大にして反対しなくてはならないと思います。
部活の顧問を頼んだら、子育て世代の先生がみんな辞めてしまった
別の一貫校の先生は、「小学校の先生に顧問を頼んだ結果、子育て世代の先生が1人もおられなくなった」
と言います。基本的に空き時間のない平日の激務に加え、土日まで部活の練習や試合の引率に出ていては、授業の準備もできないというわけです。
我が子を育てながら、子供たちを可愛がり、保護者の相談にも乗る、そうした安心感のある先生がいない。小学生にとって何が大切か、中学校の先生たちとしっかり論戦できる小学校の先生がいない。こうして学校全体が、中学校の論理だけで運営されるようになり、大量の不登校と私学受験者を生み出したと。
小中一貫校にすることで、教員の多忙はなくなりません。期待されませんよう。
このように、教員数:学校数といった、数字だけを見れば、「教員の確保が容易になる」という理論にも一理ありますが、実際の現場の声を聞けば、義務教育学校(小中一貫校)には、免許制度や労働負担、人材不足という大きな壁が立ちはだかっていることがわかります。
むしろ、少人数学級で先生が生徒一人ひとりに向きあえる環境作りを後押しした方が、教職に魅力を感じる若者を増やすことに繋がるのではないでしょうか?
教員不足を解消する対策例
埼玉県:ペーパーティーチャーセミナーの開催
- 教員免許を持ちながら現場を離れている「ペーパーティーチャー」を対象に、再就職を支援するセミナーを実施。
- 成果:令和5年度には7回のセミナーを開催し、226名が参加。そのうち53名が令和6年度当初の任用につながりました。
- 今後の展望:令和6年度は参加者を前年比約100人増の300名とする予定です。
群馬県:校務支援システムの導入による業務効率化
- 教員の業務負担を軽減するため、校務支援システムを導入。
- 成果:教員の業務効率が向上し、働きやすい環境が整備されました。
イギリス:Teach Firstプログラムによる優秀な人材の教職への誘導
- Teach Firstは、優秀な大学卒業生を教職に誘導するプログラムで、教育格差の解消を目指しています。
- 成果:多くの卒業生が教育現場で活躍し、教育の質の向上に寄与しています。
文科省:特別非常勤講師制度による実務家の採用
- 民間経験者を非常勤講師として活用することは、教員不足を補うだけでなく、子どもたちに現場感ある学びや将来の働き方への視野を広げる機会になります。特に金融やIT、起業などの分野、総合学習・キャリア教育・技術家庭科などの科目では、実務家の知見が非常に効果的です。
- 制度概要:主に技術・家庭科、英語、情報、キャリア教育などの科目で、民間企業勤務経験者や医師、弁護士、アスリート、芸術家などを非常勤講師(週1回〜数回)として採用。報酬は時給制(自治体による)。
- 事例:
- 大阪府:企業経験者を「キャリア教育」や「技術家庭科」の非常勤に活用
- 東京都:理系出身の企業OBを中学校の理科講師として配置
- 長野県:森林業経験者を「総合的な学習の時間」で自然教育に起用
このように、教員不足の解消に向けて、国内外でさまざまな効果的な施策が実施されています。こうした多角的なアプローチにより、教員不足という構造的な問題を解決していくことが大切です。