桑名市教育委員会の説明会資料によると、
子どもたちにより良い教育環境を提供するには、下記が必要と記載されています。
・一定の集団規模の確保
・多様な価値観に触れる
・多くの同世代と経験を重ねる
つまり、「小規模校の教育はダメ」というのが学校統廃合の必要性を訴える建前の理論です。また、「適正規模」という言葉もよく耳にします。
では、「子どもたちにより良い教育環境」を提供するためには、どのぐらいの集団規模が必要なのでしょうか?
小さい学校や少人数学級は、子どもたちへの教育上、本当に良くないものなのでしょうか?
少人数学級・複式学級・マンモス校のメリットとデメリット
少人数学級(1クラス20人以下)
メリット | デメリット |
・教師の目が行き届きやすい:個別支援がしやすく、つまずきの早期発見に繋がる。 ・学力向上につながる可能性:OECDの調査でも、低学年では少人数の方が効果が高い傾向。 ・いじめ・不登校の予防:孤立しにくく、人間関係の問題に気づきやすい。 ・発言機会の増加:自己肯定感・非認知能力(意欲・協調性など)が育ちやすい。 | ・運動会やクラブ活動の活性化が難しい:人数不足により役割分担が偏る。 ・教員数が増え財政的に負担:一人あたりの人件費が高くなる傾向。 ・教員間の連携が薄くなりがち:小規模校では同学年の教員がいないことも。 |
複式学級(1教室に2学年)
メリット | デメリット |
・自主性や自学力が育つ:先生が他学年の対応をしている間、自分で考える力が求められる。 ・異学年交流が自然と育つ:年上が年下を教えることで、思いやりや指導力が身につく。 ・地域密着の教育ができる:学級内が家族的な雰囲気になる。 | ・授業時間の配分が複雑:指導が断続的になることも。 ・学力格差が広がりやすい:特に基礎的な内容で理解が追いつかない児童が出やすい。 ・教員の指導負担が大きい:教材準備、進度管理などが2倍。 |
マンモス校(1学年100人以上/3クラス以上)
メリット | デメリット |
・友人関係が広がる:多様な人間関係を経験し、適応力が養われやすい。 ・クラブ活動や行事が活発:人手が多く、選択肢も豊富。 ・教員同士のチーム指導が可能:指導法の共有や負担の分散がしやすい。 | ・一人ひとりへの対応が難しい:学習の遅れ・心の問題に気づきにくい。 ・いじめやトラブルが埋もれやすい:教師の目が届きにくく、SOSを出しにくい。 ・騒がしさ・ストレス:騒音や人間関係のストレスに弱い子には不向き。 ・感染症や大規模災害に弱い:人が密集し、大所帯で統率もとりにくい。 |
上記の通り、どちらにもメリットとデメリットがあります。
ですが、昨今社会問題になっている不登校児の増加や子どもの自殺の増加、三密がNGな新型コロナのような感染症、そして迅速な避難が不可欠な巨大地震のような大規模災害のリスクを考えると、むしろ時代的には小規模学校、小規模クラスの方が優れているのではないでしょうか?

出典:小中高生の自殺者数、過去最多に 初の500人超 厚労省(朝日新聞)

出典:不登校の小中学生が過去最多34万人超…コロナ禍で急増し、その後も増え続ける(読売新聞)
エビデンスに基づく最適な学級人数とは?
小学校低学年において、1クラスあたりの最適な人数は15人前後とされており、これは教育効果を最大化するための理想的な規模とされています。
複数の研究では「15人前後」が最も効果的
STARプロジェクト
1985年に開始されたこの大規模な実験(約80校・約6,500人が参加)では、K-3年生(年長さんから小学校低学年)の生徒を13~17人の小規模クラスに配置した結果、「早期学習と認知学習において大幅な向上」をもたらし、その効果は長期的に持続することが示されました。
少人数クラスは、学校環境、生徒の社会情緒的成長、安全と停学率、保護者の関与、そして教師の離職率にもプラスの影響を与えることが分かっています。
全米教育協会(NEA)の見解
研究では、少人数制クラスはクラス全体の生徒の学習率を向上させることが示されています。13~17人のクラスが最も成績が良かったのに対し、22~25人のクラスは大きく遅れを取り始めました。目標としては、15人程度が適切で、これを超える生徒数は学習プロセスを阻害し、生徒の学習に悪影響を及ぼします。
全米学校長協会(AASA)の報告
小学校低学年において、1クラス15人程度が最も効果的であると結論づけています。少人数クラス(1対15程度)の子どもたちは、大人数クラスの子どもたちと比較して、①テストの点が良い(特に読み書きや算数で顕著な成果)、②学校活動に積極的に参加する、③行動の改善(問題行動が減少し、教室内の秩序が保たれる)を示す、といった利点があることが明らかになっています。
そして少人数制クラスでは、教師は個々の生徒への指導に多くの時間を費やし、課題に集中する時間を増やし、生徒の学習上の問題点を早期に的確に把握し、生徒が大きく遅れをとる前に改善することができます。少人数制クラスはまるで家族のような存在です。教室環境の改善は、生徒の行動と学習成果の向上に繋がります。
クラス規模と学力・発達への影響に関するその他の研究
1.カリフォルニア州の学級規模削減改革
- 概要:カリフォルニア州では、K-3年生の学級規模を30人から20人に削減する改革が行われました。
- 主な成果:K-3年生で小規模クラスに在籍した生徒は、4年生時点で数学の全国評価(NAEP)で0.2~0.3標準偏差高いスコアを記録しました。
- 出典:Class Size Matters
2.イスラエルの学級規模制限に関する研究
- 概要:イスラエルでは、学級人数が40人を超えるとクラスを分割する制度があります。
- 主な成果:4年生と5年生で小規模クラスに在籍した生徒は、標準クラスの生徒よりも高い学力を示しました。
- 出典:Brookings Institution
3.小規模学級の非認知的効果に関する研究
- 概要:全米経済研究所(NBER)の調査によると、小規模学級は、学力や高校進学率だけでなく、生徒の行動や社会的スキルにも影響を与えることが示されています。
- 主な成果:小規模学級の生徒は、より高い学業への関与、努力、イニシアティブを示しました。
また、社会的・感情的な成長や親の関与の増加、教師の満足度向上にも寄与しました。 - 出典:The Crenshaw Academy
4.学級規模と学校の準備性に関する研究
- 概要:小規模学級は、教師が生徒一人ひとりに対してより個別化された教育を提供することを可能にし、生徒の学習意欲や関与を高めることが示されています。
- 主な成果:教師は多様な指導戦略を活用し、異なる学習スタイルに対応することが容易になります。
また、教室内の秩序維持が容易になり、学習環境が改善されます。 - 出典:PubMed Central
5. 学校規模縮小が学力に影響を与えた効果の分析(日本)
- 概要:学級規模の縮小は、小学校において国語の学力向上に有意な効果がありました。小学校の女子では、算数でも効果がみまれました。一方、中学校では効果が見られませんでした。少人数学級の教育効果について、過大な期待をしてはいけませんが、学級規模縮小は意味がない、とは言えません。
- 出典:文科省 「公立学校の適正化に関する検討会議」資料
文科省が公表している、学級規模等と教育効果の研究のまとめ
文科省は有識者会議等(初等中等教育)の資料として、「学級規模等と教育効果に関するこれまでの研究について」を公表しています。
そこでは、欧米と日本の研究、どちらにおいても、学級規模が20人以下の少人数学級で学習効果が高い、という研究報告が出されていることがわかります。


出典:文科省「学級規模等と教育効果に関するこれまでの研究について」
海外の学級規模と日本の比較

出典:Teach For JAPAN(参照データ Education at Glance 2020 | OECD)
日本の1学級あたりの生徒数は、国際的にみて多い状況です。OECDの平均は21人で、過去10年間でこの平均値は毎年下がっています。
日本は1980年以降、40人学級を標準としてきましたが、2025年より小学校は35人が基準となりました。その背景には、少子化や情報化などの時代背景を踏まえた上で、一人ひとりに応じた個別最適な学びと、きめ細やかな指導を実現する目的があると思われます。
また、学級規模が小さくなると学級数が増え、必要な教員数も増えると予想されます。そしてそれは、「非正規が多い若手教員の正規化とそれによる優秀な人材の安定的な確保」に繋がるという期待も寄せられています。
友だちの数、信頼できる人の数は150人
イギリスの人類学者ロビン・ダンバー氏が提唱した、「ダンバー数」は、適正な集団規模を考える上で一つの重要な指標となります。
彼は、霊長類の脳の大きさと平均的な群れの大きさとの間に相関関係を見出した。ダンバーは、平均的な人間の脳の大きさを計算し、霊長類の結果から推定することによって、人間が円滑に安定して維持できる関係は150人程度であると提案した。
ダンバー数とは、知り合いであり、かつ、社会的接触を保持している関係の人の数のことである。社会的交流が途絶えた知人についてはその数に含まれず、また、知っているが持続的社会関係を欠く相手も含まれない。
ダンバー氏の研究によると、狩猟採集民だった祖先たちは120〜150人までの集団で暮らしており、原始的な農業社会でも、平均的な村の人口は150人程度だったそうです。
また、世界的ベストセラー『スマホ脳』の著者で、スウェーデンの精神科医でもあるアンデシュ・ハンセン氏は、生物学的に見ると、人間の脳はまだ狩猟採集民の頃と変わっていないと言います。
今のこの社会は、人間の歴史のほんの一瞬にすぎない。地球上に現れてから99.9%の時間を、人間は狩猟と採集をして暮らしてきた。私たちの脳は、今でも当時の生活様式に最適化されている。脳はこの1万年変化していない――それが現実なのだ。生物学的に見ると、あなたの脳はまだサバンナで暮らしている。
であるならば、学校という集団の規模を1,000〜2,000人規模に大きくすることは、子どもにとって「多様性を育む」よりも「ストレスを増やす」だけになるのではないでしょうか? いやでも競争相手や比較相手が増えることで、自信や安心感が阻害されるのではないでしょうか?
ハンセン氏は著書の中で、世界中で急増している「うつ」や精神疾患患者の増加原因の一つは、SNSによって世界中の多くの人と(表面的に)つながるようになったことだと言っています。
自分よりも頭の良い人、運動ができる人、モテる人、成功している人、稼いでいる人、可愛い人… そんな人たちの暮らしの一端だけを垣間見ることで、自分がいかに恵まれていないか、劣っているかを突きつけられ、自己肯定感や自信を失いやすいからです。
実際につくば市では、義務教育学校になったことで不登校児が急増した、という事態も起きています。